過去の下書きを見ていたら、とても過激なタイトルがあったので、掘り起こしてエントリー化してみるw 随分前に仕込んでいたエントリーらしい。冒頭にはメモっぽくこんなことが書いてあった。
派遣と正規雇用の格差問題。そーいや派遣元の会社が叩かれないのはなぜ?
結局、雇用の流動性が低く、労働市場が未熟なのが一番やっかい。
さあ、今やることはただ一つ。働かないで、高給貪ってる団塊どもを世間の荒波に放り込んでやることだ。
・・・オレはどこまで団塊世代が嫌いなんだろうかwww 別に個人的にイヤな経験があったとか、そういう訳ではないんだがねえ。。。
雇用システムや労働市場の流動性の問題は、今の日本の抱える問題の中でも非常に大きなものの一つだと思う。いろんな場で議論しても、結局雇用の流動性と社会保険やセーフティネットの充実をしなきゃダメなんじゃないか、という結論が出やすい。そんな中、NIRAが非常に良い論文を発表していたので紹介。
緊急提言 終身雇用という幻想を捨てよ―産業構造変化に合った雇用システムに転換を
ノビーも言ってるけど、終身雇用制度って幻想でしかないんだよね。実際に行われているのは長期雇用慣行で、期限を決めずにダラダラ働くことになってる制度。このため、なんかしらの事情がない限りは雇用調整を企業が行うことが出来なくなってる。そして、労働市場全体がそんなだから、働く側も一度入った職場から引きはがされるのを恐れて守りに入っている。こんな話が出るぐらい不景気なのも重なって、そんな状況の深刻度合いが増してきたのだろう。
雇用問題ほど、いろいろな神話が一人歩きしている分野はない。本書はその神話を具体的なデータで反証する。
この本で言及されているような事は、TVのニュースとかだけを見ていると、絶対にわからない(マスコミは報道しない)ことなので、チェックしておいた方が良いかも。重要な事は、神話やバターナリズムに陥ることなく、冷静に、全体像を考えて議論することだ。個別の知り合いのおっさんがクビ切られて大変だとかってのは、この場合はどうでも良い部類に入る。が、日本のマスコミは往々にしてそういう個別のわかりやすいお涙頂戴物語しか報道しないのだ。悲しいかな、それが現状(;つД`)
さて、前述のNIRAの論文の解説は、以下のリンク先にお任せしよう。専門家の視点から、良いポイントを絞って、わかりやすく伝えてくれてる。ちょっと長いけどw
NIRA『終身雇用という幻想を捨てよ』 – 吐息の日々~労働日誌~
で、ここではちょと視点を変えて、これからの働き方ってどういう風にあるべきなの?というのを考えてみたい。というのも、オレ自身がまさに、今後の働き方をどうしようとしているのかを、今問われているからでもある。
しかし、自分がまさに今後の働き方をどうしようかなぁと考えて直面しているのが、相談相手が限られちゃうって事だ。オレは、直属上司とは入社以来からの付き合いで非常に仲が良いし、プライベートも含めいろいろ親身になって相談にのってくれるし、お互い非常に信頼している。でも、さすがにそんな間柄でも、直属上司に「会社、辞めようかと思ってるんですけど、どうですかね?」ってのは相談しづらい。・・・というか正確に言うと、一度本音(辞めて独立を目指したい)をぶっちゃけてしまった時があって、それからずっとなんとなく気まずい空気が続いている。5年の信頼関係があっても、会社の空気というのはなんとも難しい。親しい人から、「現実的に考えてよ。」といわれると、ぐぅの音もでなくなってしまう。「現実的」ってのは、今置かれている空気に従えってことだ。そして、なぜだか日本では、それが圧倒的な説得力をもってしまう。
長期雇用社会の弊害~本音言えるのは老人になってから – satolog
日本人の場合、「現実的」という言葉が大好きだ。その癖「現実的」ってどんなことなのか真剣に考える習慣もないと思う。実は日本における「現実的」 というのは、事実上当該所属組織内で「空気読む」に等しく、それ以上でも以下でもない。これこそが池田氏のいう「文脈的技能」のコアな部分だ。
そ の遠因をたどれば、終身雇用、長期雇用が一つにあると思われる。「現役」の間は「本音を公に言ってはいけない」というのが暗黙の掟だ。もう、そう条件付け られているのだ。実は憲法が戦後64年にもなるのに一字一句改正されないのも、長期雇用慣行と無関係ではないと思える。転職しないことと憲法変えないこと とは底の方でつながっている。
そして堂々と本音を言える年齢になるのは日下氏のように後期高齢者ぐらい。ここまで年齢を重ねれば、読む側も、「あの年だから」と許容してくれる。許容してくれるが故にいくら本音言っても、最初からガス抜きされてまともに読んでくれない。
結局、大部分の日本人は一生かかっても、本音をビビッドな状況で公言する機会は事実上奪われていると見ていい。本音言うなら野垂れ死覚悟でアウトサイダーになるしかないのだ。
『「現役」の間は「本音を公にはいってはいけない」というのが暗黙の掟だ。』というのは、まさにその通りと実感している。会社の上司との面接に使う公式資料に、勢いに任せてかなり本音をぶちまけて書いたことがあるが、ものすげえ怒られた。「君は何を考えているんだ!!」 いや書いてあることが本音なんですが・・・と言いたくなった気持ちを抑えて、お行儀の良い文章に修正させられた。そう、会社(とくに大企業)ってのはそういう所なんですよ。
結局、本音丸出しで正直に生きようと思ったら、アウトサイダーになるしかないのだ。正論や真っ正直な気持ちを何よりも大切にしたいのなら、この国はではツッパって生きるしかないなのだ。昔のヤンキーは、そういう意味でツッパリと言われていたはずだったんだが・・・現代日本に必要なのは、新しい、真面目なツッパリなのかもしれない。
労働者の究極の自衛策は、起業(self-employment)である。それを促進する上でも、正社員の過 剰保護をやめるべきだ。正社員が絶対安全だと思っているかぎり、起業は起こらない。もう一つは、退職金・社宅などの社員を囲い込む制度に課税し、年金を ポータブルにして、福祉システムを企業から中立にすることだ。企業の福利厚生を行政が補助することによって福祉のコストを抑えてきた「日本型福祉システム」は、もう維持できない。労働者を会社のくびきから解放して自立させることが、日本経済がどん底から立ち直る第一歩である。
池田信夫は、「究極の自衛策は、起業である。」という。所詮、雇われである以上は本音を行ったり、自分に正直に生きたりすることなど出来ず、会社や社会の空気を読みながら、なんとなく生きるしかないのだ。そんな働き方で、本当に新しい価値や大きな仕事、社会的に意義あるイノベーションを実現することが出来るのだろうか?絶対に無理だと、オレは思う。
ならばどうするか?起業やアウトサイダーになるリスクは、残念ながら現在の日本では非常に高い。そのリスクをとってでも冒険をするか、諦めて死んだ魚の目をして生きるか?オレの心は、半分ぐらい決まっているのだが、まだどこかで迷っている自分もいる。何所かに、どっちも両立できるうまい道があるんじゃないかと必死に探している自分がいる。でも、あまり時間はない。
もし少しでも多くの若い連中が、オレみたいなことを考え出して、自分で歩く道を見つけようとしだしたのなら、そしてリスクをとって一歩目を踏み出すことが出来たら、この国の空気も風景もすこしは変わるのかもしれないと思う。そのためにも、まず自分自身が踏み出すことを始めよう。勇気をもって一歩目を!
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Comments:1
- みっちゃん 09-05-12 (火) 19:13
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日本の場合は正社員の首を切っても、即待遇改善とは
いかないでしょうねぇ。間違いなく必要な人材以外は
(常用するに値する人間)雇わなくなるでしょうし、雇用しない
言い訳としての面接やESはますます煩雑になるでしょう。
だって、企業にとっては雇うことは「必要悪」でしかない。
仕方ないから雇うてる。もっといい方法があれば首を切るぜ。
残念ながら今の企業の流れはこうでしょう。
欧州のような自分の都合に合わせた労働力提供なんて
夢どころか幻想です。さて、この流れが決まって都合のいいのは誰か?
まず確実にBK企業でしょう。都合よく斬り飛ばせますから。
もう雇用される時代は終わりました。間違いなく一億
総起業時代がやってきています。後はその実情に合わせた
社会制度作りとともに並行して、解雇規制の緩和を
成すべきでしょうね。。。
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