もう先々週の話になってしまいますが、AMNのブログイベントでおもしろいヤツがあったので、行ってきました。これ↓
「インターネットが選挙を変える? ~ Internet CHANGEs election ~」
講演の内容なんかは、Business Media誠がかなりしっかりまとめてくれてる(というか、ほぼ講演内容を全部起こしてるw)ので、こちらを読んでもらった方が良いかなw 前後編で超長いけどw
Business Media 誠:“ネットと政治”を考える(前編)――オバマにできたことが、なぜ日本の公職選挙法ではできないのか? (1/6)
Business Media 誠:“ネットと政治”を考える(後編)――ネットユーザーが選挙でやれることとは? (1/9)
あと、実はビデオも撮ってたんだが、後半のパネルディスカッションが電池切れで撮れなかったorz 前半部だけでもそのうちネットに上げようと思います。そんときゃまたエントリーします。
内容は、前半戦がオバマが選挙戦を戦う上でどういう新しいコミュニケーション戦略をとったかという講演と、公職選挙法に関する解説。後半がそれらを受けて、インターネットから選挙に対して何か出来ないかというディスカッションだった。
ちなみに結論としては、「公職選挙法の縛りがきつすぎるから、選挙期間中は基本的に何もやっちゃダメ」という悲惨な方向にww 司会の徳力さん、ちょっと涙目(´;ω;`)ウッ…
しかし、立候補者たる議員さんから見ると、ネットで選挙活動が出来ないことで不自由を感じたことはないらしい。むしろ、それ以外の公職選挙法の縛り(チラシの枚数や配り方、拡声器の数、ハガキの枚数や送り方・・・etc)の方が遥かに窮屈だという。
パネルディスカッションに参加した議員の方も言っておられたが、選挙期間は12日間という短い間でしかなく、その間にネットを使ってメール発信やブログ更新をしているヒマは、少なくとも候補者にはまったくないらしい。考えてみれば、そりゃそーである。毎日、そこら中を走り回ってるわけだから。
そうすると、必然的に日頃から情報を発信しつづけておいて、いざ選挙になったらこれまで発信し続けた情報を見てもらって判断すれば良いという事になる訳だ。その意味では、インターネットを使った選挙活動というのは、候補者から見れば現状でそれほど問題があるものではないらしい。
では、有権者から見た場合はどうか?
実は、公職選挙法は候補者だけを取り締まるものではなく、その間の有権者や支持者、第3者の行動をも取り締まる法律になっている。しかも、わかりやすい事に完全な「べからず集」となっており、法律で明確に許可された事以外は基本的にやっちゃいけない。またシンポ内でも指摘があったが、日本の公職選挙法は基本的に立候補者のために作られており、有権者の視点はほとんど存在してない。存在していないから、例えば第3者が誰かの候補者をHPで支持表明するなんてことは想定に入っていない。想定に入っていないと言うことは、つまり「してはいけない事」になる。
えっ、それマジ?って印象の方が多いと思うが、厳密に解釈すればそうなるらしい。厳密に膾炙すればというのは(これもまたどうよって感じだが)、公職選挙法はグレーゾーンが多く、解釈しだいで何とでもとれる上に、実際に摘発するかしないかは個々の選挙管理委員会に任されている。よくよく考えてみると、すげえ怖ろしい話なわけだw
しかし、これは逆に「選挙期間中でなければ」何をやっても特に問題ないという事でもある(投票依頼は除く)。なぜなら、それらは全て選挙活動でなく政治活動にあたると解釈されるからだ。そうすると、公職選挙法は政治活動を取り締まる法律ではないから関係ない。
ここまで語ってようやく、私のようなネット住民が、選挙や政治に関わろうとした時の対応の仕方が見えてきたように思う。まず重要なことは、日常から動くことである。
いざ選挙!となった時には、もう遅い。常日頃から政治や選挙に関するアンテナを巡らしたり、ブログで情報発信したり、まとめサイトやwikiで情報蓄積したり、果てはオフやイベントまで仕掛けてみたり・・・etc そういう事を日常からしつづけることが何より重要なわけだ。選挙の時期が来たから・・・ってのではダメなのだ。
こう考えると、自分の日常にどれだけ政治的なものを取り込んでいけるか?という問いにも繋がるかと思う。多くの人は、大概それは無理だと言うだろう。日常の忙しい中に、ただでさえ興味のない、しかも面白くもない政治の話を取り込むなんてめんどくさい。それに、なんかダサイw しかし、オレラはもうそんな事言って現実から目をそらし続けているわけにはいかないのではないだろうか?
人間は誰でも人間として尊重されるべきであり、それは年寄りも若者も同じだ。しかし、存在そのものを尊重することと、意見を尊重することは違う。年 寄りを人間として尊重することは必要だけど、年寄りの意見を聞いてはいけない。少なくとも、何故自分がそれを尊重するのか、よくその理由を考えるべきだ。
まして、政治をまかせたりしてはいけない。
政治がどういうものなのか、年寄りの概念で考えてはいけない。
この言葉は重い。オレたちゃすでにそういう状況に立っているって事でもある。興味を持たず、日常に政治を取り込んでいかなければ、それは死んでいるのと同じである。後になってから、文句をいったってしょうがないのだ。サイレントマジョリティーは、サイレントであるままではいないのと一緒なんだと思う。少なくとも、多くの政治家にはそう思われているのが現状だ。
さて、こんな事を考えながら同時に思い出したのは、このエントリ。
しかし、日本では、オバマやペイリンやメドベージェフになるべき人が、今、どんどん権力から遠ざけられているか自分から逃げ出して、2ちゃんねらになっているのではないだろうか。
これは、実は結構真実なんじゃないか?でももう、逃げ出してばかりではいられないだろうってのが、オレの率直な感想。そろそろ正面切って戦わないと、本当にクソミソにされて悲惨な人生送ることになるぜって状況が見えて来つつある。現実をちゃんと見つめて、取るべきアクションを取らなければならない。
疑うのと信じるのとは交互に行われなければまったく意味が無い。疑ってばかりでは何も行動できなくなるし、信じるだけでは間違いを見付けられない。
なんでもいい。自分が信じられないなら他人を信じればいい。他人が信じられないなら自分を信じればいい。過去の人物でも伝説上の人物でもラノベの登場人物でもその一部でもなんでもいい。
とにかく信じて、前に進む事を考えよう。考えるべきは疑うことじゃない。どうやって一歩前へ、歩き出すかだ。
オレも含め、2ちゃんねら~は大概アイロニーだ。皮肉屋で、斜めにしか物事を見れず、真面目に頑張るとか信じるってことが苦手だ。でも、そんな2ちゃんねら~でも、意外と動く人間もいるってことを、オレは去年の長野やいろんな場面で見てきた。そして、そういう所から少しづつ世の中を変えていけるかも知れないって可能性が生まれつつある、とオレは信じてる。MIAUだって、そういう形で生まれたまったく新しい可能性だ。
アイロニーでも良いじゃない。斜に構えながら、それでも「まあ、しゃあないか」と言って腰をあげて行動を始めようぜ。どうやら今が、そのタイミングみたいな気もするしさ。
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- インターネットと選挙の関係から見る2ちゃんねらっぽい政治参加のあり方 from 東京ドーム地下6階
- trackback from 今を生きる社長のブログ 09-05-18 (月) 12:30
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AMNのブログイベント「インターネットが選挙を変える」に行ってきました
今回の記事、普段の私の記事にしては少々長いかもしれませんが是非読んでやってください。
というのも政治の話題だからです。これまでテレビ番組の取材で首長選挙(知事や市長の…
